2016年7月20日の夕暮れ時、ケーキショップのショーケースに並ぶケーキを、二人の誠一郎が見つめていた。一人は30歳、もう一人は60歳。出会ってから一年が経った記念日でもあった。
「チョコレートケーキにしますか」若い誠一郎が言う。
「チーズケーキもいいな」年長の誠一郎が答える。
「両方買いましょう」
「ああ、同じ考えだ」
2人は小さく笑い合った。同じ好みなのは当然だった。結局のところ、2人は同一人物なのだから。
帰り道、夕陽に照らされた住宅街を歩きながら、若い誠一郎は自分の人生を振り返っていた。正社員の営業職を辞めてから約半年。警備の仕事を始めて3ヶ月が経つ。給料は確かに下がったが、不思議なことに口座残高は増えている。
「支出を減らしただけです」若い誠一郎が言った。
「いや」年長の誠一郎が首を振る。「営業マンの頃の使途不明金が異常だったんだ。残業代をもらっても、すぐに消えていった。あの頃の俺たちは、お金で何かを埋め合わせようとしていたのかもしれない」
家に着くと、二人は築29年の4LDKの居間でケーキを並べた。チョコレートとチーズ、二つの味は不思議と調和した。若い誠一郎は警備の仕事を始めてから、確実に変化を感じていた。肉体的な余裕。60キロだった体重は、筋トレを始めてから65キロまで増えた。健康的な太り方だ。それに伴って精神的な強さも身についてきた。
しかし、まだ漠然とした不安が残っている。警備の仕事は、確かに簡単すぎた。同僚は年配の方ばかりで、キャリアとしての将来性は見えない。手段として選んだ仕事だが、その先のビジョンが描けていなかった。
そんな時、家の風呂の調子が悪くなった。お湯が出なくなったのだ。大家に電話をすると、翌日すぐに来てくれた。三十代半ばくらいだろうか。ラフな服装で現れた大家は、業者を手配しながら気さくに話しかけてきた。
「僕もこの辺りに住んでいて自分で管理しているんですよ、また気になるところがあったら言ってください」彼は明るく笑う。
「結構忙しいんですか?」若い誠一郎が聞く。
「戸建ては全然、手がかかりませんね。アパートとちがって近隣トラブルも少ないし」
その瞬間、若い誠一郎の中で何かが動いた。大家の表情に漂う余裕。それは単なる経済的な余裕ではない。自分の人生を自分でコントロールしているという確信のようなものだった。
その日から、誠一郎は不動産投資について調べ始めた。YouTubeで実際の大家の話を聞き、書籍で知識を蓄え、インターネットで市場を研究した。
「どう思います?」若い誠一郎が尋ねた。
「やってみたらいいよ、何事も経験だ。致命傷を負わなければ、失敗は成功するために必要なものさ」
1ヶ月ほど不動産投資について勉強した。おぼろげながら方向性が見えてきた。自己資金も経験もない分、小規模な戸建てから始める。エリアは現在の住居から車で1時間以内。リフォームは自分でこなし、家賃は5万から6万に設定する。
ポータルサイトを開き、若い誠一郎は内見の申し込みボタンにカーソルを合わせた。お金はないが、時間はある。それに、この瞬間を見守っているもう一人の自分がいる。
「ゼロから1への1歩は、まず見に行くことから、見に行けば、何かが変わるかもしれない」
「不動産、人の住む場所、安全な場所、普遍的な欲求、不労所得、自由」
若い誠一郎の思考が掘り下げられていく。
新しい可能性に向かって動き始めよう30歳と60歳のスタートだった
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