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#20 家を買う

夜の警備室で、誠一郎は不動産サイトを開いていた。施設警備の好きなところは自由な時間が多いところだ。巡回も終わり、仮眠時間だがモニター画面に映る物件情報が、彼の意識を捉えて離さない。 3週間前から不動産サイトを見て漁る生活を始めた、単調だが意...
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#19 普遍的なもの

2016年7月20日の夕暮れ時、ケーキショップのショーケースに並ぶケーキを、二人の誠一郎が見つめていた。一人は30歳、もう一人は60歳。出会ってから一年が経った記念日でもあった。 「チョコレートケーキにしますか」若い誠一郎が言う。「チーズケ...
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#18 無駄な時間

謝罪の場は重苦しい空気に包まれていた。会議室の中央に座る須藤の前で、私は背筋を伸ばして言葉を選んだ。蛍光灯の無機質な光が、テーブルの表面で冷たく反射している。 「どうもすみませんでした。以後気をつけます」 余計な言葉は付け加えなかった。シン...
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#17 春の陽だまりで

桜の花びらが舞う四月の大学キャンパス。古びた赤レンガの校舎に、春の陽が優しく差し込んでいた。誠一郎は警備員の詰所から、その光景を眺めていた。 1日2名体制の警備。夜になり、最後の研究室の明かりが消え、校舎の施錠を終えると、あとは静かな夜が続...
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#16 足跡の先に

ハローワークへの通い始めて、ようやく給付金の支給が決まった。通帳の残高を確認する。ホテルマン時代の退職金を中心に400万ほどの貯金。そこには年長の誠一郎の車の売却代も加わっている。 「金銭的な余裕はある。問題は使い方だな」 朝四時。誠一郎は...
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#15 解放

朝四時、郊外の一軒家に小さな明かりが灯る。年長の誠一郎は既に起床し、書斎で本を読んだり、ノートに何かを書き留めたりしている。五時半を告げる時計と共に、ダンベルを手に取る。5キロから40キロの可変式のダンベルで約一時間の筋トレ。それが新しい日...
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#14 代わりという名の解放

「失礼します」 所長会議を終え、最後の挨拶に訪れた社長室を後にする。社長の態度はそっけなく、もはや誠一郎への興味を完全に失っているようだった。 「代わりはいくらでもいるしな」 背中に投げかけられた独り言のような言葉が、わずかに耳に残る。 本...
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#13 余裕という名の贈り物

11月の朝は、まだ暗い。空気は澄んでいて、息が白く凍る。公園の木々は紅葉しており、落ち葉が地面を薄く覆っていた。その中に、一輪また一輪と、遅咲きの冬桜が可憐な花を咲かせている。 誠一郎は年長の誠一郎と共に、その公園を走っていた。引越し先を決...
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#12 環境という名の地図

退職まであと一ヶ月。誠一郎の新しい生活の舞台が決まった。 郊外の一戸建て。4LDK、築29年。庭にはプレハブの小屋があり、車も余裕で停められる。家賃は月5万5千円。古い家だが、その分だけ思い出を刻む余白が大きいような気がした。 「礼金なしで...
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#11 支出という名の荷物を降ろす

スマートフォンの画面に、失業給付の情報が並ぶ。「給付額は離職時賃金の約六割」「支給開始は離職後三ヶ月経過後から」。数字を見つめる度に、若い誠一郎の不安は具体的な形を持ち始めた。 検索を重ねるうちに、給付制度の仕組みは理解できた。しかし、その...