朝四時、郊外の一軒家に小さな明かりが灯る。年長の誠一郎は既に起床し、書斎で本を読んだり、ノートに何かを書き留めたりしている。五時半を告げる時計と共に、ダンベルを手に取る。5キロから40キロの可変式のダンベルで約一時間の筋トレ。それが新しい日課となっていた。
その頃、若い誠一郎も目覚め、二人で自然公園へのランニングに出かける。朝もやの立ち込める公園は、まだ誰もいない。ただ二人の足音と、規則正しい呼吸だけが、静けさを心地よく破っていく。
帰宅後、若い誠一郎は軽く自重トレーニングをして出勤の準備。タバコも外食も、そして飲み会も自然と遠ざかっていた。引越し先は最寄り駅から徒歩60分という場所。車がないと生活できない不便さが、意図せず良い方向に働いている。
「来月から無職か…」
ランニング中、ふとよぎる不安。しかし、すぐに首を振って否定する。同じことは何度も考えた。むしろ、スピードを上げることで思考を前に進める。
今日は最後の出勤日。営業所のメンバーや、他営業所の所長たちへの挨拶で一日が過ぎていく。電話をくれる同僚もいた。様々な思い出が、走馬灯のように駆け抜けていく。
「激動の2015年だったな」
この一年は、間違いなく人生でトップクラスのインパクトがあった。特に後半の数ヶ月は、まるで異次元の体験だった。未来からやってきた自分との出会い。そして、その導きによる人生の大きな転換点。
「自分はどうなりたいんだろう」
運転しながら考える。ふと、今頃家で風呂掃除でもしているだろう年長の誠一郎の姿が浮かぶ。
「あの人、ポジティブだよな。まあ、俺なんだけど」
思わず笑みがこぼれる。不思議な巡り合わせで、最高のパートナーを見つけることができた。それも、自分自身という形で。
2016年まで、あと一ヶ月。30代という新しい章を前に、誠一郎の心は確かな期待で満ちていた。不安はまだある。でも、それは未来への期待の裏返しなのかもしれない。
夕暮れの空が赤く染まっていく。誠一郎は車のスピードを少し緩めた。急ぐ必要はない。これからは、全てに余裕を持って進んでいけばいい。そう教えてくれたのは、三十年の時を超えてやってきた、もう一人の自分だった。
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